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HOME>>コラム・書評・インタビュー>>書評一覧>>2002/04/19 <メルマガ21>18号掲載分 出版洪水に釣り糸を垂れる Book-Review Maya-Kimie Hirooka Maya Art Collection 『夜明けの晩に』上・下 山田真美著 発行所 幻冬舎 価格:1700円(上・下各) 上・下巻とも各430頁 第1刷発行:2002年2月27日 原稿枚数にして400字詰め1678枚の書き下ろし。 山田真美の世界(公式サイト)(http://www.yamadas.jp/mami/) amazon.co.jp紹介ページ ![]() ![]() 今回のメルマガ・コラムは、初版発行の2月27日から数えて、今日4月19日で、まだ53日目という「超フレッシュ」な、その上興味シンシンという大冊『夜明けの晩に』をご紹介したいと思います。かく云う私も実は、つい先日4月17日の夜、正確にはpm8:42に出会ったばかりというシロモノなのです。 さて、少しばかり時計の針を過去へと巻き戻します。1992年10月8日に見た夢のお話です。言語夢に近いメッセージなのですが、「このあたりで、仕事はひとまず脇において、例のあの謎を明確に解明すべきときが来た」というものです。 こういう夢を見たことさえすっかり忘れていたのですが、夢ノートを整理しているうちに発見したのです。すると、昨年の10月頃から、つまり夢を見せられた日からちょうど9年後あたりから、色々な情報に出会うようになってきました。それは、書物であったり、人であったり、新しい発明品やなんらかの製品だったりと、ジャンルは広汎でした。 それらに共通しているのは、そのどれもが、この「謎解き」に深く関連しており、まさに時機を得て、人の目に見える形をともなって、この世に現れはじめて居るという感じでした。まるで、見えない世界でカリキュラムを組まれていて、そのペースで情報が送られてくるといえばいいでしょうか。ま、とにかく、そんな感じです。 謎解きというのは、それを誰かとシェアしたくても、どんなメニューでラインナップしていくか、これって思案のしどころなんですね。音楽にたとえれば、イントロはどの線で?と悩んじゃいます。出す以上は、「セントルイス・ブルース」なみの伝播力を願ったりと、まぁイロイロ贅沢を言うわけです……勝手にね。 そこに、飛びこんできたのがこの一冊。私も、今朝2時から4時までの2時間で上下巻の全ページを一応めくってみました。著者のあとがきによれば、「小説というフィクションではあるが、基本的には学術的フィールドワークの上に成り立っている」という、その言葉どおりの迫力と面白さ満載の、まさに私たちが、いえいえ、「わたしたちの時代」が待ち望んでいた内容のようです。 わたし個人にかぎって云えば、ずっとペンディングのままだった謎のいくつかを解明してくれたり、あるいは諸説入り混じって、どれをどのようにランディングさせ、自分の中で統合し、今の時代に直接リンクさせていくかという点で、多いに貢献してくれそうです。 また、日本語の読める日本人だからこそ、もう「読める」。つまり、翻訳を待たなくても読める興味深い1冊です。これを、過去に出た本の何かと比較せよと、仮に聞かれれば、私は、迷わず荒俣宏著『地球暗黒記』をあげます。1990年代、何かに導かれるようにして、ハワイを巡礼地のごとくにして経巡った自分の旅を、一言で教えてョ!と、誰かに問われたなら、「そう、『地球暗黒記』のなかのお話に近いかもしれない」と、答えるでしょう。 そういう意味において、これは、今の時代、2012年を目前にして生きている、私たち日本人ひとりひとりに、何か「考える手がかり」をもたらしてくれるかも知れません。今、なぜ、この日本列島に生れ落ちて、日本人として、日本語を話しながら、存在しているのかを考察する手がかりになってくれるやも知れません。 おしまいに、本書の中から私の目にパッと飛び込んできた一行をここに引用して、終わりにしましょう。 『夜明けの晩に』上巻362頁より ……悪いのは、闇そのものではなく、光が欠如していることではないか? 僕たちは、もっと積極的に闇に光を当てて、みずからの真実を知ろうとすべきなのかもしれない……。 |